Intrinsic Value

ちょうど一息つけている間に留学の目的を自分に再度認識させておこう。


一般に留学の目的が明確化されているかどうかで留学中の生活が有意義になるかどうかが決まるからはっきりしているほうがいい、ってよく言われるけれど、

それ以上に目的がしっかりしていないと特にきたてころは自己を見失いやすいので、
「自分を取り戻す」意味で、目的はしっかりしていたほうがいいのだと思う。


そんななかでぼくの「主」目的は、「intrinsic valueを見抜く洞察力を養う」ことだった。
物事の本源的価値を果たして自分が見抜けているか、他人や己の本源的価値を見抜けているか、そしてそれを生かして今後自分がどんなふうに生きていくのか、という壮大すぎる(笑)テーマを設定した。


自分は大学2年のころから、自分のもっている”タイトル”の意義を分析して、そこから戦略的にどう昇り詰めるかを構築し、実践してきて、それなりにexcitingな生活を送ってこれたと思っている。


あのころは、いろいろな分野の起業家に突撃するときは、相方とタッグを組んで、
彼の巧みな切り込みで相手の気持ちをつかみ、終盤で落ち着き払った自分が落とす、
といういいテンポで
なかなか普通の学生では体験できないようなことをし、叡智を肌で獲得できた。

特に、彼が原宿の交差点で、某会社の取締役をナンパして、後日自分と一緒にうってかわってまじめに話しこんで、面白い学生だなという興味を与えられたおかげで、
帰るときにもらえた香水は今でもお気に入りだ☆でもこれは叡智じゃあないね。笑



そのころから感じていたのは、会えば自分がいかなる人物かをわかってもらえ評価してもらえるけれど、そもそものきっかけはタイトルのおかげで引き寄せることができていて、そのタイトルを差っぴいて自分の価値をvaluationしたらどうなるんだろう、ということだった。



これは、3年の秋を過ぎて、就活をはじめた友人が、
自分から大学の肩書きとっちゃったらどうなっちゃうんだろう、
っていっていたことと同じようなことだと思うので、
うちの大学の学生ならば誰でも一度は考えてしまう問いなのかもしれない。



そういった意味で、personalityだけで人を判断するこの国は最適だと思えたし、これまで1分1秒を無駄にせず、いつ死んでも後悔のないよう走り続けた生活をすることを心がけていた自分にとって、自分はもしかしたら1000年生きるかもしれないといえば言いすぎだけれども、leisureこそを第一に考えるまったく正反対の価値観をもつこの国の人々からさらにいろいろなことを学べるとおもえた。



実際、肩書きを「捨てて」こっちにきてよかったなと思っている。



思えば昔から自分は、さほど肩書きを気にしない性分で高校のころと根底にある生き方は変わってないように思う。




高校のときは、ちょうど学校の近くにスケートボードのパークがあり、
そのころはスケボーといえば、単純にかっこつけるためにヤンキーやいきがってる野郎のようないわば野蛮なひとがやるイメージがあって、
スケボーをやっているというだけで、こいつらとは近づくまい、
と思われるのがぼくのまわりの常識だった。

けれども、自分は現実をみずにそういったうわさやprejudiceだけで物事を判断するのが嫌いで、なにか新しいことがやりたいとおもったぼくは、友達と2人でそのパークでそういったひとたちからスケボーを教わることにした。


そこにいたひとたちは、もちろんふつーのひともいたけど、
昨日までムショにはいっててよー、やっとポリが出してくれたぜー、

なんていってるこれまで関わったことのない「人種」のちょっとこわいお兄さんもいた。



彼らとかかわっていくなかで一番感じたのは、イメージとまったくちがう現実だった。

彼らは、よくスケボーのビデオでお目にかかるような、
スケボーの技をさらっと決めてかっこつけてるふりしてるけど、

実際には、ズボンをまくってみると、それまで練習で板が足に負わせた無数の傷跡があったり、
なかには勢いをつけて飛び込んで失敗して、路面に体をひきずり、背中の皮がほとんどむけているひとなどもいた。

それでもそういった努力のあとを隠して、まわりから変な目で見られていても
人にどう見られようが気にすることなく、何事もなかったように振舞っている彼らは非常に立派に見えたことを覚えている。


いちよ県内では一番いい学校に通っていたので、そういうひとたちからみれば、
いいとこ育ちのおぼっちゃんがやったところですぐあきらめるだろう、と見られるのも当然で、
冷やかし半分で見られていたことも覚えている。


だから彼らに認めてもらえるためにも、必死で練習した。

やせてるのに、上半身はだかでやったり、ときには技に失敗してジャンプ台から背中向きに落ちたり、板がすねを直撃したりして、しばらくその場でうめきながらうずくまっていたのがなつかしい。


最終的には
彼らと一緒に楽しい時間を過ごすことができ、
「おまえらの高校のやつのような頭のいいやつって口先だけでなにもしねえからまじうざぜぇだけだけどよ、おまえらだけは認めてやるよ」って言われたときは、個人のpersonalityが評価されたみたいでうれしかった気がする。


いかにも田舎の高校生らしいエピソードだけれども、
その経験は今にして思えば十分に生きていることを実感できる。

自分が切れると恐いと思われているのはそのときの影響もあるかもしれないが笑。


肩書きを差っぴいたおかげで多くのリターンが得られたからだ。

物事の本源的価値を見抜き、また人からpersonalityだけをもとに判断されても高い評価を得られる人物になりたいとおもう。


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  by shot_aizawa | 2008-03-24 10:40 | 留学

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