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1学期終了

こちらでは、休みは帰省して家族と過ごすのが常識なので、試験がすべて終了した今、人の数もめっきり少なくなってとても静かになっている。


もう半分、終わってしまったのか~、とちょっとあせりを感じる。


振り返ってみて、ほんとうにいろんなことに挑戦してきて、ひとつひとつのことに対して精一杯取り組めたから、これまでこちらでやってきたことになにひとつ後悔はないのだけれども、やっぱり自分のなかで、まだまだ満足のいく結果を出せるには程遠く、60点くらいか。


う~ん、と思っていたけれど、これまで日本でもいろんなことにチャレンジしてきたつもりで、それを振り返っても結局どれも60~70点くらいだと思うと、

いつも自分の能力のふがいなさにへこむ一方で、自分が常にどんなにがんばっても60~70点くらいしかとれない問題に取り組み続けてきているなによりの証拠かもしれない、とおもって開き直ることにした笑


ネイティブのなかで最も聞き取りにくいとされるアクセントをもつ国を選んでしまったことは自分の語学力の向上に関してちょっと失敗だったかな、って正直思うけれども、、

一見突発的に思えた今回の留学もなぜ自分がこの地を選んだのか、いまは理解できるし、
今はまだ途中だけれども、留学が終わるころには、自分は莫大な財産を得てかえることができることを確信している。
ゾロ風にいえば、「感謝する。おれはまだまだ強くなれる。」って感じかな。


ただ、それを得るために自分を極限の状態まで追い込むしかないんだとおもって、ぼろぼろになるまでやったが、自分のそういう修羅の道に対して、その途中で彼女を巻き込んでしまったので、それは大変申し訳なく思って反省していて、それを補完する意味でも休みの間ちょっとおでかけすることにした。昨日スーツケースのなかに、日本でかってきたミソスープのもとがはいってることに気がついたが、もう少しの我慢だとおもって棚にうつしかえただけにした。
来学期はさらに追い込んだ生活をするんだとおもうと、少しの間くらいいいかなっておもう。



にしても、毎日吸収することが多すぎた。
例えば世界でみて日本があんなに男女の格差がある国だと知らなかったので、日本にいたときの女性に対する自分のなにげない言葉遣いも実はその「差別的な扱い」の一端をなしていたんだと思うと、自分があんな国に生きていたのかと驚くと自分の思考回路の根底にもそういうものが刷り込まれているんだとおもうと同時に非常にこわくなって、今でも日本の女の子と話すのが少しこわいw



あと、こちらにきて「他人に対する敬意の払い方」について非常に考えさせられることがあって、
例えば「みんなと過ごす時間」に位置づけに対してはじめは、仕事重視する日本にいたんだから、考え方違って当然か、っていうふうに思っていたけれど、日本にいるひとたちの様子とか話を聞いていて、それでも彼らは一緒にグループワークする仲間であってもちゃんとそのあとに互いの労をねぎらったり、みんなと過ごすことに対してちゃんと時間を割いていて、

おれが日本人だからじゃなくて個人の問題だとおもったときは、正直これまでの自分の「変人ぶり」に嫌気がさしたけれども


このまえ、これまでお世話になった出版社の方にメールしたら、
返事で非常にあたたかい言葉をかけてもらえて、
それまで肩にのっかっていた荷がなくなる感覚を覚えた。

これは、死ぬ気で働いてきた自分と間近でちゃんと向き合ってそれでいてそれを評価してくれているひとじゃなかったら、決していえないせりふだとおもうので、


たしかに学生っぽくない生活をおくってきたけれど、他人からどうしてそこまで?っていわれるような生活をしてきたけど、やっぱ、おれのこれまで「選んできた」生き方も悪くなかったな、とおもえた。

けれども、これまで素敵なひとびととの出会いが自分を成長させてくれたと思ってる割に、ちゃんと行動で示せてない部分もあったんだとおもうと、改善しなきゃって思うところはあるけれど。


残りの生活でどれだけのことを吸収してかえれるだろう。
やはりどうしても戦いたいフィールドがあるので、そこに到達できるよう進化しなければならない。
一方で、どうみても性格が丸くなってしまった自分。しかもはやく動けないw
おれをみかけてもお手柔らかにお願いします、というのが正直な気持ち笑。
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朝8時のフラットから
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  by shot_aizawa | 2008-06-19 11:23 | 生活

貪欲さ

international managementの試験が終わった。

ずーっと部屋にこもってて、たまにさすがに人が見たくなって、図書館いって気分転換する毎日だった。なんか遊ぶ場所もないので、日本にいたころよく耳にした、いろんな誘惑に負けずに家と図書館を往復した毎日だった~っていう感動のくだりの意味がわからなくなっている笑


試験勉強してる途中で、仕方ない結果になる理由として



初めてのことだから、とか

生活するだけで十分大変だったから、とか

こっちは日本と全然採点基準違うから、とか

勉強のやり方がまったくわからなくて全然意味のないことを繰り返しちゃってたから、とか

これでも日本にいたころの5倍は勉強してるっていえるから、とか

経験を得ることが大事なのであって、交換留学生にとっては点数なんて関係ない、とか

自分なりに精一杯やれればそれでいいや、とか

ネイティブよりたとえ2倍勉強したとしても彼らよりいい成績とれないのわかっててもかまわず励むのかっこいい、とか



いろいろ思ったけど・・・


やっぱ負けたくねーーーーー




ノンネイティブだからって理由をあげるのは、語順が英語と大きく違う日本人と韓国人くらいなのこっちきてわかってるからそれをリストにはあげないだけ成長したとおもうけれど、


やっぱ、ネイティブと対等に渡り合ってはじめて自分の努力をほめたたえるべきだと思う。
そうでなければ無価値だ。

せっかくこっちきてこれまでさまざまな自分がもっていた甘えを捨てることができたのだから、ここはそれを貫かなきゃあかんわ、と途中で思い直して最後のひとふんばりをしてのぞんだ。




そんなふうに考えてたらふと昔の出来事を思い出した。
小学校のとき少年団にはいってバスケをしていたとき、最後の大会前に、それまでかろうじてレギュラーだったおれは、もうひとりライバル兼大の仲良しだった友達と監督の天秤にかけられていた。そのとき、結局おれが選ばれたけど、監督に呼び出されていわれた言葉。
「おまえのほうがあいつより背も低いし、はっきりいって技術的にはあいつのほうがうまい。けれどもおまえがチームの中で一番貪欲だから、おれはおまえを選んだ。」


そうだ、おれ才能なんてないんだから、貪欲さだけは誰にも負けたらあかん。と思い直した。

でも、しばらく試験なくて、ずっと探していた本がついに手に入ったのでしばらくそれを読もう笑
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  by shot_aizawa | 2008-06-05 16:05 | 授業

精神と時の部屋

ついに、先週で授業が終了した。



まだ4か月も経っていないけど、ほんとにいろんなことがあって、わかったことは、
これまで日本が、そしてなにより自分がどれだけ世界から取り残されていたかということだった。


どうして、あれほど人・情報がいきかう大都市東京にいて気づかず、スターバックスがかろうじて1件あるような田舎でそんなことに気づくのかとおもうと逆説的な気がするけど笑


でもとりあえず、この留学生活をひとことであらわすならば、自分にとっては「精神と時の部屋」という言葉が適切な気がする。


こっちにきて一番苦労しているのは、授業っていう表面的な部分ではなく、新しい文化にどれだけassimilateさせられるか、ということだった。(今でもそうですけど。)


「文化を受け入れること」と「文化を判断すること」の違いの大切さに気づかされた日々で、これが一番難しかった。

日本にいたころは、hard workできるひとがなにより称賛される、というように表現しても間違ってはいない表現だと思うけれど、そういう文化があってでもそういう文化をもっているのは、アメリカや日本みたいな国であって、こっちではそんなことはない。personalityがなによりも大切で、リラックスムードを保てるかが鍵のような気がする。あくまで私的な感覚だけれど。


最初のころはどこにいっても「どうして、おまえはそんな急ぐんだ」っていうふうにいわれてる気がして、これまで日本で過ごして身についていた習慣ひとつひとつに実はしっかりとした意味があったことに気づけたことは非常に意義深いけれど、同時に自分の価値観というものが真っ向から否定されているような気がして、そうとうまいったのを覚えている。


特に自分は日本人のなかでもhard workerだったと思うから、あまりに違う文化にあわせるために、仕方なく昔の自分を故意に「抹殺」し、新しく自分を「創り出した」。だから正直言って日本で自分がなにしてきたかということをなかなか思い出せない自分がいる。

というか思い出したくないのかもしれない。

こっちにきて、日本の文化というものが世界で一番変わっているんじゃないか、ということに気がついたからだ。
マネージメントの交渉でも日本人は本音を表にださず、重要なことは公式の場ではでてこない、とあって、「根回し」のストラクチャーが書かれていて単独で日本に参入することの難しさを説明していたりする。

日本にいたときは、根回しはビジネスに限定される行為程度に思っていたけれど、実はプライベートでもそういうことはあって、例えばみんなでグループワークが終わったあとに飲みに行くという行為をとってもみても、(自分はこういうの好きなので否定する気がさらさらないけれど)日本人からしたら仲を深める程度の認識だけど、こういう習慣がそれぞれの「集落」をつくりだして外部からの参入障壁を高めている日本に深く根付いている習慣のひとつなのかもしれない、と思うと非常に気持ち悪く思えてしまったのだ。


んで話を戻すと、今の自分の状態は
たとえが古いけれど、感覚的にはバーコードバトラーの、ステージが変わった瞬間に似ている。これまでステージ1でレベルをためて相当強くなったけれど、ステージ2にいくときに、またレベル1にもどってしまい、それでもステージ1のときのレベル1よりは強いものの、あまりに弱くなってそれがもどかして仕方がない、という感覚。

けれども、そのままステージ2でレベルをためていけば、ステージ1で到達できるよりもはるかに強いステータスになることをわかっているので、
こっちでレベル1からスタートして、新しい武器を手に入れて、日本に帰ってまた昔のように六本木のバーにいって、これまで日本でしたことをすべて思い出すとき、自分は昔よりはるかに成長できた自分になれるんじゃないか、と思っている。




という、日記を書こうと思ったけれど、久々に落ちてしまった。



というのは、こっちにあわせるためにこれまでの思考方法とか価値観とか習慣というものを相当努力してあわせているけれど、結局自分の本拠地は日本にあるということが関係してるように思える。

つまり、いくらこっちで文化に適応して価値観を吸収したところで、自分の仲間とかは日本にいて、結局自分は日本人の価値観でしか判断されないことになる。

だから、こっちでがんばって身につけた「普通だと思われること」が、今度は日本では普通なこととして受け入れてもらえないからだ。


極端にいえば、こちらでリラックスムードをつくりだし、それを大切にできる人間になったとしても、日本にいったら、ただ遊んでるだけじゃん。っていわれる、というような感覚だ。(といってもそんなにリラックスしてるわけじゃないですよ笑)

そうしたら、おれはこっちのスタンスにがんばって適応したとしても結局日本に戻ったらまた適応できなくなるんじゃないかと、ふと恐怖心にかられてしまって落ちてしまった。






でも、絶対はいあがってやる。この数ヶ月で一番身についたのは根性だからだ。
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  by shot_aizawa | 2008-06-01 14:22 | 思いつき

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