精神と時の部屋

ついに、先週で授業が終了した。



まだ4か月も経っていないけど、ほんとにいろんなことがあって、わかったことは、
これまで日本が、そしてなにより自分がどれだけ世界から取り残されていたかということだった。


どうして、あれほど人・情報がいきかう大都市東京にいて気づかず、スターバックスがかろうじて1件あるような田舎でそんなことに気づくのかとおもうと逆説的な気がするけど笑


でもとりあえず、この留学生活をひとことであらわすならば、自分にとっては「精神と時の部屋」という言葉が適切な気がする。


こっちにきて一番苦労しているのは、授業っていう表面的な部分ではなく、新しい文化にどれだけassimilateさせられるか、ということだった。(今でもそうですけど。)


「文化を受け入れること」と「文化を判断すること」の違いの大切さに気づかされた日々で、これが一番難しかった。

日本にいたころは、hard workできるひとがなにより称賛される、というように表現しても間違ってはいない表現だと思うけれど、そういう文化があってでもそういう文化をもっているのは、アメリカや日本みたいな国であって、こっちではそんなことはない。personalityがなによりも大切で、リラックスムードを保てるかが鍵のような気がする。あくまで私的な感覚だけれど。


最初のころはどこにいっても「どうして、おまえはそんな急ぐんだ」っていうふうにいわれてる気がして、これまで日本で過ごして身についていた習慣ひとつひとつに実はしっかりとした意味があったことに気づけたことは非常に意義深いけれど、同時に自分の価値観というものが真っ向から否定されているような気がして、そうとうまいったのを覚えている。


特に自分は日本人のなかでもhard workerだったと思うから、あまりに違う文化にあわせるために、仕方なく昔の自分を故意に「抹殺」し、新しく自分を「創り出した」。だから正直言って日本で自分がなにしてきたかということをなかなか思い出せない自分がいる。

というか思い出したくないのかもしれない。

こっちにきて、日本の文化というものが世界で一番変わっているんじゃないか、ということに気がついたからだ。
マネージメントの交渉でも日本人は本音を表にださず、重要なことは公式の場ではでてこない、とあって、「根回し」のストラクチャーが書かれていて単独で日本に参入することの難しさを説明していたりする。

日本にいたときは、根回しはビジネスに限定される行為程度に思っていたけれど、実はプライベートでもそういうことはあって、例えばみんなでグループワークが終わったあとに飲みに行くという行為をとってもみても、(自分はこういうの好きなので否定する気がさらさらないけれど)日本人からしたら仲を深める程度の認識だけど、こういう習慣がそれぞれの「集落」をつくりだして外部からの参入障壁を高めている日本に深く根付いている習慣のひとつなのかもしれない、と思うと非常に気持ち悪く思えてしまったのだ。


んで話を戻すと、今の自分の状態は
たとえが古いけれど、感覚的にはバーコードバトラーの、ステージが変わった瞬間に似ている。これまでステージ1でレベルをためて相当強くなったけれど、ステージ2にいくときに、またレベル1にもどってしまい、それでもステージ1のときのレベル1よりは強いものの、あまりに弱くなってそれがもどかして仕方がない、という感覚。

けれども、そのままステージ2でレベルをためていけば、ステージ1で到達できるよりもはるかに強いステータスになることをわかっているので、
こっちでレベル1からスタートして、新しい武器を手に入れて、日本に帰ってまた昔のように六本木のバーにいって、これまで日本でしたことをすべて思い出すとき、自分は昔よりはるかに成長できた自分になれるんじゃないか、と思っている。




という、日記を書こうと思ったけれど、久々に落ちてしまった。



というのは、こっちにあわせるためにこれまでの思考方法とか価値観とか習慣というものを相当努力してあわせているけれど、結局自分の本拠地は日本にあるということが関係してるように思える。

つまり、いくらこっちで文化に適応して価値観を吸収したところで、自分の仲間とかは日本にいて、結局自分は日本人の価値観でしか判断されないことになる。

だから、こっちでがんばって身につけた「普通だと思われること」が、今度は日本では普通なこととして受け入れてもらえないからだ。


極端にいえば、こちらでリラックスムードをつくりだし、それを大切にできる人間になったとしても、日本にいったら、ただ遊んでるだけじゃん。っていわれる、というような感覚だ。(といってもそんなにリラックスしてるわけじゃないですよ笑)

そうしたら、おれはこっちのスタンスにがんばって適応したとしても結局日本に戻ったらまた適応できなくなるんじゃないかと、ふと恐怖心にかられてしまって落ちてしまった。






でも、絶対はいあがってやる。この数ヶ月で一番身についたのは根性だからだ。
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  # by shot_aizawa | 2008-06-01 14:22 | 思いつき

理論の大切さ

この前、学生向けの町のガイドマップをみたら、娯楽施設の欄が2つだけあって、
ひとつが、カラオケ、もうひとつがビリヤード場、ただそれだけだった笑
しかも1個ずつかい!って思うと自分の故郷新潟が非常に都会に思えた笑


ということで、特に勉強以外やることがないけど、勉強だけやってるのもなんだかな~ということで、最近読書にはまっている。


ちょうど昨日読み終わったのが、ゴードン・ベルのHigh-tech ventures



silicon valleyの巨匠が、後世に向けて書いたハードウェアベンチャーが成功するためのプロセスが細かくケースを交えながら解説されている。

前半は非常にシンプルで面白く読み進められたけれど
後半は、技術的なことばかりで、UNIX!?聞いたことはあるんだけどね・・・レベルのぼくには理解できるものではなかったので、書評をかくつもりはなくて、書きたいのは「理論の意義」について。


授業用の普通の教科書を読んでいても、これでもかこれでもかってくらいに理論が登場して、これは日本では経済理論とか、理論そのものを扱う授業を取らないかぎりお目にかかれない光景だとおもう。


ましてや、本書のように、実際起業した人物がアカデミックとして十分通用するまで体系化して後世のために本を出版するというフレームワークは日本には存在しないが、その理由について最近思うことがある。



ぼくからするとこんな当たり前のことまで理論化してなんの意味があるんだと思うくらい、理論が整っている背景には、米国をはじめとして、彼らはもともと自分の存在そのものに疑問を投げかけなければならないほど異質性に満ちている世界で生きてきたために、常に物事を単純化して、複雑な状況に対してどうにか向き合う必要があったからだと思う。


シンプルにまとめることで、「あ、実はこれって意外に簡単なことなんじゃないの!?これなら俺でもできそうだからやってみよう。」と多くの人間を魅了し、理論がその分野への参加者を引き込むカタリストになっているんだということだ。そういう意味において理論は非常にプラグマティズムだと思う。



例えば、異文化コミュニケーションにおいても、彼らはそれぞれの国について詳細に特徴をまとめて交渉にどう役だ立てるか、ということを意識している。


一方で、日本人がそれをみると、「どうせそんなステレオタイプの人間なんてひとりもいないんだから、むしろ無駄なバイアス与えるだけで障害になるんじゃない!?」と思ってしまうひとが多い気がする。というか、自分はこっちにくるまで、そう思っていた。


けれども、しばらく過ごして、これは、同質性そのものがもともと保証されているいかにも日本人らしい考え方であることに気がついた。結局、どの人間ももともと自分の想定内にカテゴライズできるので、はじめから個人ベースで見ることができる条件が整っている。だから、そもそもも物事を単純化する習慣が身についてないのも自然な気がする。


異質性が前提の人々にとっては、
おおまかな特徴をとらえているからこそ、自分のこれまでの経験からは一切想像できない出来事に直面しても、事前にフレームワークを知っていることでそれを既知のことように捉えることができたり、単純化された世界に立ち返ることで、われに返り、また冷静に取り組むことができるようになる。
そうやって自分のなかで異質性を消化した後で、はじめて個人として関われるようになる、という時間軸にずれがあるのだ。


理論として単純化されているからこそ、個人に軸を提供することができ、多くの人が「最初の一歩」を踏み出すことができる。
ようやく理論の大切さを自分のなかで考えることができた気がする。


(補足)
といっても、日本人がしょぼいということを言いたかったわけでは決してない。
ゴードンベルの本では、「技術を高める最良の手段はそれをもっている有能な人材を集めることだ」と人材の価値をトップにおいているが、彼も、マーケティングの項で、MBAをもってるような高度な体系的知識を有している人材を雇うのもひとつの有効の手段といっておきながら、皮肉なことではあるが理論を知らない代わりに現場感でずばぬけている日本人に勝るマーケッターは実はいない、というような記述をしている。それなら、最高のマーケッターを育てることができる風土にいながら、MBAにあこがれて取得後、さも洗練されたような気になる日本人が多いのはさらなる皮肉なのか、と一瞬思ったけれど、90年代の話であるし、他の考え方を学ぶ上では重要な意義があるので、ここの議論には立ち入らないことにする。
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  # by shot_aizawa | 2008-05-29 17:54 | 思いつき

expatriateが成功するには。

整理したいことが山ほどあるけれど、今日は前から書きたかったことを少し。
今学期とっている international managementの授業が最近やけに面白く感じる。

マネージメントの授業なのに、最初のほうは、ひたすら文化がどういうものかということをくどくどと説いていただけで、なんだこれ!?って正直思っていたのだけれど、教科書をちゃんと読むようになってやっとその理由がわかった。


教科書の値段をアマゾンで調べてみたら、なんと1万8千円以上かかることがわかり、おれはこちらで1万2千円弱で購入したことを考えると相当お得だと感じたことが、意外にちゃんと読もうとおもった大きなきっかけであったりする。ちなみにこのとき、頭の中に裁定取引を試みるかというアイデアが浮かんで市場リスクを考えてやめたという思考回路が自分のなかにすぐに起こったことがなんかなつかしくてうれしかった笑


この教科書は、国際経営学と異文化コミュニケーションの関係について網羅的に収録されていて、今までこの2つの概念がここまで密接にかかわっているなんて考えたことがなく、さらに自分が異文化に身を置いているので、理論やケースを読んでいて非常におもしろい。


それで、本書の最後のほうに出ているヒューマンリソースマネージメントの内容を少しメモ書きしたい。


本社から外国の支社にアサインされたexpatriateがいかにしたら成功できるか、という話。

expatriateは、要するに母国ではない国に暮らす人々のことだけれども、日本の辞書をひくと「国外に追放された人」なんていうとんちんかんな訳語に出くわすので、どれほど日本が移民に対する概念に乏しいかがよくわかる。


んで、やっぱり教科書を読んでいて面白いのは、ビジネスではないけれども、自分もひとりのexpatriateとして、こっちにいるので、どうやったら彼らが成功するかということを、自分がどのようにすればこちらでの生活を実りあるものにできるかということに応用でき、それでモチベーションがわくからにほかならない。


それで、一番面白かった部分は、expatriateととして、

もっとも重要なことは、


母国での仕事の実績でもなく、性別でもなく、海外旅行のような国際経験をいかに積んでいるのかというわけでもない、という点。

本書によれば、「異文化に対するストレス許容度と社交性」であるのだ。


いかに国内でスターと呼ばれようが、海外で成功する直接的な根拠づけにはならない、ということがおもしろい。


それで、expatriateが成功する確率をあげるための5つのトレーニングがあげられている。
(簡単のため走り書きです。)

1.area studies
その地域の地理や歴史、政治などの知識。

2.culture assimilators

3.language training

4.sensitivity training

5.field experience

これを見ると文化に対してどう向き合えるかが、非常に重要だということがわかる。

んで、これを読んでいて思ったのは以下の2点。


自分の行く国がどういう国であるかを事前に調べるという準備があれば、適応するのもはやくなるらしく、それを怠り、さらに社交性がない自分が最初2か月強、まじで苦労したのが、うなずけるということ笑

もうひとつは、別に学位とるわけじゃないから、授業だけがんばってどうしようもないだろうと思って授業重視のカリキュラムにせずに、ウィンドサーフィンやスキュバーダイビング、クルージングなどいろいろとこの国特有の生活を味わおうとすることに時間をかけていたのは、正解であっただろうということだ。


けれども、文化に対する許容度というものは、磨くことができ、しかもこれは年をとってしまうと吸収度が落ち、若いうちが一番向いているものと想像している。

だから、今は、こっちでトレーニングを積んでいる時期なんだとおもうと、けっこーストイックなことが好きなおれとしては、

今は次のステップにいくための下積みの時期を過ごせているということに感謝せざるをえない。
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  # by shot_aizawa | 2008-05-24 18:07 | 授業

take action now!!

これまで思えば、いろいろな人に助けられてきたばかりでした。
自分が、このコミュニティに対してなにかお返しすることはできないだろうか、

ということで、だいぶ前からボランティアのオフィスを訪れたりして、いろいろとプランを練っていたのですが、なにぶん時間がゆったりと流れるこの国ではなかなかすぐに取り掛かることが難しく、結局ボランティア活動にはたどりつけてないのですが、ひとつ前進があったので、ここでひとまとめ。


やっぱり自分にはフィールドワークがあるほうが生活に張りが出るだろうということで、
後期は、市民団体が高度に発達したこの国で、組織構築の面からかかわろうと画策!していて、具体的にどんなことやるかは少し話しをつけてあるのですが、
ほんとに実現するか、定かでないので、その話はそのときまで蓋を閉めておきます。




それで、前期は、とりあえず一般参加者の視点からかかわってみたいと思っていたので、

本日、この国最大の自然環境保護団体が企画するfield tripに参加してきました。


Botanic Society groupが運営する小規模のちょっとした遠出という感じで、
参加者も全員で7名程度。
もちろん、日本人はおろか大学生はおれひとりで残りは年配者という期待どおりのほんわかしたものでした笑


オーガナイザーの方は、普段はgovernment of conservationで勤務しており、土日に月1回程度で、ボランティアスタッフとしてこのようなfield tripを企画しているとのこと。(でも最終的にお金とられたんだけど、あれはなぜ!?)


仕事をすでにリタイアされて、植物をみるのが楽しみ、という方がほとんどで、
本来ならば看板に書かれてるように、1時間程度ですべて歩ける距離を・・・

4時間以上かけてまわってきました笑


それでも、図鑑を家にたくさんもっている方々だけあって、植物の名前をメモしたり、同じ植物をずっ~と眺めたり(これは年のせい)で、学生だけだと単純に見過ごすような小さな植物にも足をとめていろいろと解説してくれたりしたので、意外におもしろかったです。


例えば、動物から保護したい植物を守るためにちょっとした工夫がなされていることに気がついたり、植林活動を活発にしていても、松の木だけは切り倒されていて、これはここにいる動物が松の葉っぱは食べない上に、ペストの原因にもなりうる植物だからだそうで、そういうことを教えてもらったり。


んで、あと写真をちょっとだけ。


木にボール状の植物が寄生している様子。



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yellow-eyed penguinの人工の巣。
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キャプテンクックが、船員の壊血病を治癒するためにつかったとされる植物。
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さすがにおばあさん方についていくのに疲れて、あざらし君をぱちり。
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おばあさん方とゆったりと過ごせた心地よい休日でした☆笑

で、まとめると、最近自分が感じることを、一言であらわすならば、
チャーチルの演説の一説がぴったりな気がします。


We make a living by what we get, but we make a life by what we give.
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  # by shot_aizawa | 2008-05-11 14:18 | 生活

presentationを終えて

1か月半も前から準備をしていたグループプレゼンテーションが今日やっと終わりを迎えた。
このプレゼンが終わるまではブログを更新しまいと決意していたけど、やっと終わったので、今回は反省してみたい。


こちらの大学は、どの授業もプレゼンというとグループワークになる。

ケース課題は、Renault と Nissanのstrategic allianceが成功を収めた原因はなにかを分析し、どうすればよりよくなるか、というもの。


ゴーン氏の起こした奇跡をたどる感じで、
文化の違いをいかに乗り越えるか、ということが焦点だったけれど、今回のプレゼンの過程そのものもまさしく互いの文化の違いを乗り越えてどううまくやるかという感じだった。


これまで行ったグループのプレゼンが、スライド見る限りしょぼかったので、いいものをつくろうとうちらのグループははやめに開始。
この時点ではみんなやる気あるんだ!って思って結構やる気満々でした。

けれど、本来は4名のはずなのに、初回のMTGにひとりkiwiがレスポンスがなにもないまま現れず。
kiwiひとり、韓国人1人、日本人1人のcross cultural team。
kiwiは19歳。韓国人はおれより2つ年上。でもこちらはやっぱりフラットな環境なので一切気にならない。

2回目のMTGはイースター休み明けにやったにもかかわらず、ひとりのkiwiが海外にいることが発覚。でもなぜかもどってこない。。しかもメールを送ってきたものの、一切謝罪なし。でもこれがこっちのスタンスなら受け入れなければならない、と勝手に自分に言い聞かせて我慢。

このせいでみんなのモチベが低下したうえに、
彼らの進め方をみていると、あまりに非効率で、これじゃだめだとやり方を立て直そうとおもっていろいろと発言してみた。

就活のときのグループディスカッションみたいな感じで、たぶん自分が一番論理的に考えられるし、ケースも日本が含まれているからおれが引っ張っていくべきだとおもったんだけれども、
あまりに英語がくそで、全然だめ。


しかも韓国人はもう6年くらいこっちに住んでるらしいので、すっかりこっちのフラットな文化に
なじんでいると思ったけど、
所詮、人間はもともとの文化をすべての判断軸におき、それは変えられないという当たり前の事実を見逃し、
日本と同様の年功序列的な文化がしみこんでることに気づかず、
A+(最高の成績)とろうぜっていってた韓国人がなにもアウトプット出さないうえに人任せだから、
ほんとにやる気あんのかな、とおもって少しつっこんでみるものの、

英語の敬語表現知らないから、反論しようとすると、すごくストレートになってしまって、
いきなりけんかになってしまった。

みんなでビジョンを共有することが大事なのは明らかだったので、
おれがほかからいろいろ調べてリソース提供してんのに、「そんなの余計だよ。やりたきゃ、これおまえのパートにして勝手にやれば。」といわれたことにかちんときてしまったからだ。

おまけに、おれが一生懸命話してるのに、kiwiには最後に、「ごめん、聞いてなかった」の一言で撃沈された。

効率的によりよくやるために提言しようとすることが、ただのひとりよがりなのかもしれないのではないか、といろいろ考えてしまった。というのは、おれは外国人としてこちらにいる以上、相手の風習に合わせなければいけないからで、どこまでが許容しなければいけないラインで、どこからが意見として提言できるレベルなのかがまったくわからなかったからだ。


この時期は、なにやってもうまくいかず、真剣に対人恐怖症に陥って、でも愚痴なんできいてもらえるひとなんか誰もいないから、部屋に閉じこもって泣くしかなかった。


けれども、presentationにこだわりをもってるおれには、さすがにクオリティの低いものはできないと思って、一番大変な部分をおれが受け持つことにし、各パートにわかれて作業をおこなった。

はっきりって、自分ひとりですべてやるほうが、能率的にできてよっぽど簡単だったけど、
仕方ないとおもってひとり葛藤。これまで自分のどこが悪かったのかすべて分析して、これからのチームワークをどうやって巻き返すかを考えた。


でもカルロスゴーンのインタビュー記事を読んでいるとほんとにすばらしいことをいっていて彼の言葉に感動するとともに、これまで英語でリソースを求めなかった自分がいかにもったいないことを知っていたかを実感した。


各スライドをはじめてあわせたとき、おれのスライドのレベルだけ完全に格が違ったみたいで、
彼らのおれを見る目が一気に変わる瞬間に立ち会った。


それ以降は、おれが一番英語くそだけど、おれのいうことは正しいから聞こうじゃないかという態度と、おれの対応の仕方がよくなったこともあって、韓国人も単純に要領が悪いだけであって、決してやる気がないんじゃないこともわかって、うまく進めることができた。


で、1週間前になって、海外にいたkiwiが帰国していたらしく、メールを送ってきた。
内容は、教授に相談したら、おれが君たちにはいって活動していいといわれたから、君たちがこれまでやってきたことをおれの分に振り分けて、一緒にやろう、というもので、一切謝罪なし。

せっかくうまくいきかけてたのに、またこんなの受け入れなければならないのかよ~、って思ってると、kiwiがこいつはありえない、シカトだ!っていってくれたことで、一安心。笑



今思うと、はじめどうしてうまくいかなかったかは、おれが「trust relaiton」の構築を軽視していたからだと思う。他人に対して敬意を払うことよりも、プレゼンの中身をよくすることにこだわりすぎたことが問題だった。

自分の英語がくそなのは変えられないので、そのなかでどうやるかを考えた結果、韓国人からハングル教えてもらったり、kiwiとミーティング終わった後、ふたりできれいな図書館のグループワークルームで、ヒップホップの動画みながら、ビートを刻んだりした笑


本当はもっと深く掘り下げなければいけない部分もどこかわかっていたけれども、最低限の合格ラインを自分のなかで設定して、あとはひたすらクオリティコントロールに努める一方で、プレゼンのせりふも全部書き出してネイティブに全部添削してもらった。




で、今日当日。
おれがpresentationをやる限り、なにかやらかせねばと勝手に血が騒いで、中核の部分よりもそっちの練習をしまくって、本番ももちろんやらかす笑。

結果は、これまでのプレゼン中ではじめて笑いが起こるということでなかなかうまくいった。

これまで、こっちでも異例の10回くらいのミーティングを行ってきた長い道のりの末だったので、やっとこの瞬間を迎えることができたことがうれしかった。


そしてプレゼンが終わってかえるとき、kiwiから"good working with you"と手を差し伸べながらいわれたときは、ちょっと感動した。



終わったあとTAにアドバイスくださいといったとき、きみはスライドの出来もクオリティが高いし、プレゼンの仕方も堂々としていてはっきりしゃべれていたし、内容も論理的で非常によかった。問題は韓国人だ、といわれたことは内緒にしておかなければならないが笑




思えば、これがこっちにきてはじめてなにか大きなことをやり遂げた瞬間でした。
日本を飛び立つ直前までアルバイトしていた米系投資コンサルティングファームを去るとき、
「おまえはぬるい国にいくんだから、しっかり一度死んで来い」とボスにいわれた言葉を思い出し、今思えば一度どん底に落ちれてよかったな、と思います。
さすがに、これまでいろいろとプレゼンをする機会はありましたが、今回ほど時間をかけてやったことはなく、今回ほど反省すべき点、学べる点が多かったのも初めてで、
意義深いものとなりました。

でもやっぱ内容的にはまだまだだったので、TAに有用な論文教えてもらって、分量結構、膨大だけど、もう一回ひとりで考えようと思います。そこは貪欲に。

そしてこれからはちゃんと更新していこうと思うのでよろしくお願いします。
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  # by shot_aizawa | 2008-04-30 19:41 | 授業

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