Value dimensions

もはや授業メモ。笑



さて、企業がグローバルに進出する際に考慮しなければならないのが
現地の文化。これを理解した上で戦略を構築しなければうまくいきません。


その際に、各国の文化を計る指標として利用されるのが、
hofstedeが考案したValue dimensions。


彼は、つぎの5つの観点から統計をとり、各国の文化を相対的に位置付けることにしました。
(ごくごく簡単に。)

1.Power distance
権力の不平等さがどれだけ進行しているかという程度をあらわしています。要は階級。

2.Individualism vs collectivism
個人というものがどれだけ集団に統合されているのかという程度を表します。

3.Masculinity vs femininity
価値観が、物質主義、自己中心的に考えるなど、より男性に近いか、まわりとの連帯感を求める女性の価値観に近いかという程度をあらわします。

4.Uncertainty avoidance
社会がどの程度不確実性を受け入れることができるかという程度をあらわします。

5.Long-term vs short-term
将来の繁栄のために現在を犠牲にするか、現在の短期的な利益を第一とするかというスパンの程度をあらわします。


これらの観点から、各国の文化を図にしてみると、非常に驚くべき結果がでてきました。

どうしてものっけたっかたので、写真とりました。笑
(どなたか、エキサイトでパワポのせるテク知ってる方いらっしゃったらぜひ教えてください。)


1枚目は、masculinityと power distance を座標軸にとったもの。
日本は、極度にmasculinityに偏っており、日本だけ離れ小島になっていることがわかります。(赤いまる)





e0131924_1528135.jpg




2枚目は、uncertainity avoidance と mascurinity を座標軸にとったもの。
日本は、相対的にみると極度にリスクを避けるため、こちらでも離れ小島になっています。(赤いまる)

e0131924_1529141.jpg




面白かったのは、教授がどのスライドみせても、いかに日本が変わった文化をもっているか、ということについて力説する点。

日本が世界からどう見られているか、ということはこれまで、アメリカの日本の金融市場に対する見解しか読んだことなかったので、こっちのような一般的な国で、日本が変わった存在として生徒に教えられていることに衝撃を覚えたのです。
やっぱり日本がリスクをとらないということは、世界の常識レベルの話なのですね。。


ただ、個人的に大事だとおもうのは、
単純に文化の多様性について学ぶのではなく、

こういった文化のステレオタイプを、「as a source of competitive advantage」として
自分がこれから戦っていくうえでの自己分析・戦略的思考の材料に帰着できるようにすることです。



どうして、この記事を書いたかというと、文化間の違いを知るために、
この授業では、
まず手始めとして異文化出身同士でパートナーを組み、
お互い分析して来週の火曜日までにレポート提出するというのがあり、
日本がいかに変わっているかということを教授が説いたこともあって、
クラス受講者中、唯一の日本人であるぼくがパートナーを募集したところ、メールが殺到。。

んで、明日相手(たぶんkiwiの女の子!?)と会って話しをする予定なので気合をいれてるわけです。笑
[PR]

  # by shot_aizawa | 2008-03-13 15:46 | 授業

出国して1か月

今日で日本を飛び立って、1か月が経った。(こっちにきて1か月は正確にいえば明日だけど。)

海外旅行するときを思い浮かべれば容易にわかるとおもうが、
1日1日常に新しいことにめぐり合い、経験を積み重ねていく過程で、
一日あたりの時間はほんとうに長く感じる。

特に、朝7時くらいに夜が明け、夜の8時過ぎに日が沈むこの国ではなおさらだ。
やっと1か月かという気になる。

けれど、振り返ってみれば、もう1か月過ぎてしまったのかという気にすらなる。



普段、日記を書かない分、留学生活中での出来事や思い出はしっかりつづっていこう。



思えば、日本での生活から考えるとまったく違う思想をもった人々が集う国を選んでしまった。
これは後々かいていくとおもうが、それなりの目的があった。けれども、時々不安になるときもある。果たして自分の選択は正しかったのかと。


けれど、人生って単純じゃなくて、その単純じゃないところに面白みを感じたりする。

そんなこと考えながら過ごしていたときに出会った言葉。
いつからスティーブ・ジョブズにこんなにはまってしまったんだろう。笑

ジョブズ流にいえば上の話は「点と点をつなぐ」ことだけど、この下の言葉も励みになり、これからもそうだろう。結果を出すまでは。






I've always been attracted to the more revolutionary changes.

I don't know why, because they're harder.

They're much more stressful emotionally.

And you usually go through a period

where everybody tells you that you've completely failed.



より革命的な変化に、私は魅了され続けてきた。

自分でもなぜだかわからない。

なぜなら、それを選べば、さらなる困難が待ち受けてるからだ。

より多くのストレスを心にかかえこむことになる。

みんなに、おまえは完全に失敗した、

と言われる時期もおそらくあるだろう。
[PR]

  # by shot_aizawa | 2008-03-12 19:23 | 思いつき

料理はだれがするべきか?

こっちにきて早々、驚いたことのひとつが「料理」。

といっても、この国の料理のことではなく、みんな料理をつくれるということ。



土曜日は、毎朝 farmer's market という日本でいえば、朝市のようなものが催されている。
スーパーで買い物するより安く野菜や肉、果物、魚が買えるために、自炊している生徒は買いに来るのだ。


「おまえももちろんくるだろ!?」といわれ、はじめて誘われたときは、寝ぶっちし、先週はじめて参戦したが、男友達がのりのりで食材をえらんでいるところが、おれからみるとおもしろい。


こっちでは、「おまえ、料理しないのか?」と聞かれ、料理できないとこたえると、信じられないという顔をされる。


寮で、食べさせたいものがあるからおれの部屋こい、といわれていくと
とてもおいしそうなラズベリーケーキができあがっていたり、今度一緒にグリーンティーケーキつくろうぜ、なんて男同士が言い合っていたりする。自分のつくった料理でみんなをもてなそうという気持ちがつよい。


きっと、彼らは自炊の必要がせまられているから、仕方なく覚えたんだろうとおもって、
土曜日の朝、テレビをつけると、
この国の高校生が3人1チームになって、2チームが料理バトルをしている番組にでくわす。
しかも、両方ともメンバーは全員男性。
朝にやっているこういう料理番組をみて、留学生は料理をおぼえるんだとか・・・。


んでこっちでは、男が料理するのは当然で、家庭で夫婦そろって夕飯の支度をするのもあたりまえのことだとか・・・。



日本にいたときは、別に強制的な気持ちをもっていたわけじゃないけど、
一人暮らしだったから、料理できる女の子はちょっとポイント高いよなー、みたいにおもってたけど、
それはこっちでは一種の差別になるらしい。。


う~ん、これからそういう気持ちは捨てないとだな、と反省。笑


でも、おれは寮で食事がでるから、料理うまくなって日本に戻ることはない。笑




日本にいたときは、どんなにひとよりやることが多くても、「忙しい」という言葉をつかったことはなくて、
それは、
「ひとつのことに勤しむことはほかのことをおろそかにすることにほかならなくて、それを忙しいという言葉で避けようとするのはただの甘えだ」
と思ってたからだけど、

こっちで生活していると、ほんとに今まで生活上、「ほかのこと」をおろそかにしていたことが実感できて、ひとりの人間として省みる機会が多い。



おれも、夫婦一緒に料理つくれるようなダンナさんになれるもんならなりたいもんだわ~、とぼやきの日記をかいてみた。笑


写真は、フラットが立ち並ぶ庭にいた、はりねずみみたいな生き物。いやされるー。
e0131924_19112736.jpg

[PR]

  # by shot_aizawa | 2008-03-08 19:11 | 生活

はじめの一歩

たまには、子供っぽいこともかこうか。笑
ちょっとうれしかったこと。

さて、今週からtutorialという少人数でグループディスカッションする授業がはじまり、
今日は、立て続けに2つもtutorialがはいっていたのですが、

今回は、国際関係論についてとりあげたい。
なんか日本の大学にいたときの国際政治と似た雰囲気で、とりあえず毎週文献読んで(あのころよりさらに分量多いけど。。)あらかじめ与えられてるいくつかの質問について、議論するというもの。

初回ということもあって、もちろんぼくは息こんで文献を読破していったものの、質問に対する答えをあんま考えていなく、にもかかわらず授業はじまったら、この授業の成績は発言が重視されるということをつげられ、
はじまってそうそうピンチに陥ったわけです。。

自己紹介してみたら、ほかの生徒みんなkiwiでkiwiのアクセントがいまいちなじめない僕には、まるっきりアウェーで、
たぶん、初回ということもあって、文献まともに読んできてすらいないやつらばっかなのに、
よくよく聞ければ、きっとてきとーな発言ばっかりだろうに、
おれのつぎ込んだ時間よりもはるかに大きなリターンをはじきだす彼らに、けっこーへこむ・・・

しかも、日本人は英語がへたくそだというのが、海外の大学での常識らしく、
しかも、あまり日本人というものは意見を主張する習慣がないので、
ますますなめられてるに違いない・・・

と今までのぼくなら打ちのめされて終わりなわけですが、
さすがにがんばってやってきてここで引き下がれないだろうとおもって、

ひとつの質問に狙いさだめて、
議題が移行したのを見定めて、ここぞとばかりに
挙手して発言。

たぶん、相当殺気だってたはず、だけど、
メモ書き、読み上げただけど、

なんかうれしかった。

Jリーグ選手が海外チームに移籍して、外国人チームのなか
日本人ひとり出場して、初戦で得点きめる感覚。

おおげさだけど、これまで話そうとしても、いっつも発音がよくないみたいで
聞き返されてけっこーなえて話す気すらうせてたことも少なくなかった、というかいつも
そうだったので、やっと前にすすめた気がした。

間違いなく、TA威圧しちゃったけど。笑
その後も流れに乗って少しいえたし。

最近は、授業のまえに教授のプレゼン資料をノートにかきうつしてちゃんと予習して
授業は、最前列に陣どって、ちゃんときき
同時に教授の声を録音して、
授業後に再度きいて復習する

という日本のときとは、かけはなれたまじめっぷり。
ただ、ほかの生徒とくらべてはるかに時間かかってるにもかかわらず、
それでもアウトップはほかの生徒に劣るけど、
がんばろうとおもう。

要は、なにがいいたかったかっていうと、

やっぱ、国1なんか特にそうだとおもうけど、
本番っていうほんとにチャンスをつかめる機会なんて、
ほんの数時間だったり一瞬だったりするわけだけど、
そのために、ひたすら多大な時間をつぎこんで、たった一瞬かがやけるためにひたすら
努力することって、やっぱりすばらしい営みだろうということです。

それだけ価値のあるものなら、やっぱ普段つらくても
たとえ本番で失敗しても、来たるときに備えて
最善の準備をする価値はあるのでしょう。


やっぱ、日本でがんばってる友人の姿などを思い浮かべると、
自分もどんなに地道なことも積極的にできるな、とおもうとみんなに感謝する次第です。

こっちのいっぱい失敗して、成長したいです。


んで、おまけにせっかく最近ネットが部屋からつかえるようになったので、
こっちきたばかりのときに、とったビビアンをのせようと思います。笑
ブラジル人の彼女ですが、まったくもってぼくと性格が違い、気があわないので(笑)
最近はかかわってないけど、彼女は1学期しかこっちにいないので
けっこー気合いれてがんばってるみたいです。
ということで、待ってたマニア向けなかたの期待にこたえてみました。笑
e0131924_19483442.jpg

[PR]

  # by shot_aizawa | 2008-03-05 19:49 | 授業

political corectness

週末は、こちらにきてはじめての激しい雨が降り続いた。

夜の8時を過ぎないと暗くなるはずのない空もずっと暗かった。


rugbyのチケットを、平日にノリで買わされていたために、
もったいないので夜に出発しなければならなかったが、
なぜかひとりでいかなければならなくなり、かさももちあわせていなかったので、
正直行く気も起きなかった。

それでも、兄のように慕っているマレーシア人の助けもあって、
寮から傘をかり、1st yearのkiwiの一団についていけることになったため、
いちよは向かうことにした。

あんな激しい雨でも、ラグビーは展開されていた。

Highlanders vs Waratahs

ニュージーランドのチームとオーストラリアのチームの対戦であったために、オーストラリア勢へのブーイングは激しい。
しかも、観客はkiwiばっかりで自分のまわりは
大学1年生のkiwiどもで固められてしまっていた。
まわりは酔っ払っている連中でうざく、少しこわかった。

そういえば、高校時代の親しい友人はラグビー部だったから、やつらならもっと楽しめたに違いないと思いつつも、、帰り方は、一緒にきたkiwiの連中しか知らないから、我慢してそこにいることにした。


試合が終わり、帰りのバスに乗るためにバス停(といってもただのひとだかりだが、)に歩いているとき、おれはkiwiのなかでも唯一おれに気を遣ってくれていた青年を、自分の傘のしたにいれていた。傘をもっているのは、おれくらいだったし、なにより雨が激しかったし、試合中もいろいろと解説をしてくれたことへのお礼の気持ちもあった。

そのとき、まえにいた彼の友達と思われる2人の女性が上着を脱いで傘にしながら、彼に呼びかけた声が
なぜかおれの心に残った。
「あなた、ニュージーランド人でしょ!?」

彼女らは、単純に自分たちが濡れていてこの青年だけが傘にはいっていることに対し、冗談まじりで使った言葉でなにも悪意すらないし、おれもそう感じた。

ただ、たくさんのひとで押し込まれたバスのなかでkiwiにもみくしゃにされながらも、その言葉がずっと心に残った。

彼女らは、所詮まだなにも世の中のことを知らないピカピカの1年生だから、なにも感じなくて仕方ないだろう。自分もあの子の立場ならば、なにも気にならなかっただろう。


けれども、自分がはじめてマイノリティの立場になって、もやもやひっかかった。
political corectness。
普段の自分の言動、振る舞いというものは、political corectnessに根ざしたものなのだろうか。
Parochialismのわなにはまって誰かに知らず知らずのうちにいないだろうか。
そんなこれからの自分の生きるスタンスを省みるうえで、大事にしたい視点であった。

第一次大戦以降、世界平和に向けた政治的プロセスの研究をする学問としてうまれた国際関係論は、まさしくここに関係してくるものであると認識されたからだ。

昔、MBAをとったひとがいっていたことで、
日本のアントレプレナーはpolitical corectnessのためになにか新しいものをつくろうとするひとがまだまだ少ない、と嘆いていたことがなんとなくわかったような気がした。


やはり、rugbyに出かけてよかったとおもった。





と、あえてローテンションでかいてみた。笑


e0131924_1128231.jpg

[PR]

  # by shot_aizawa | 2008-03-03 11:28 | 生活

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE